昭和52年01月20日 朝の御理解



 御理解 第58節
 「人が盗人じゃと言うても、乞食じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。盗人をしておらねばよし。乞食じゃというても、貰いに歩かねば乞食ではなし。神がよく見ておる。しっかり信心の帯びをせよ。」

 どういう例え泥棒じゃ乞食じゃと言われる様な事があっても、只それをじっと辛抱しておくというのではなくて、その度に信心の帯をせよと、頂かなければこの御理解は生きてこない。泥棒はしとらん乞食はしとらんから、只それを辛抱しとるというだけではいけん。又神様が見てござるけん聞いてござるからというだけでもいけん。そう言われるたんびんにしっかり信心の帯を締め上げ締め上げしていく所に、この御教えが生き生きとおかげに繋がりお徳に繋がって来るのですよね。
 きのうおととい、正月から初めて教務所に用がございましたので、高橋さんにお願いをして、正月のあちらの職員の方たちに、心ばかりのものを持って、そして用件の為に行って貰いました。今度此処から学院に行く人が六名か七名か出来るでしょう。ですからその願書が頂いて来なければ成りませんが、願書を頂きに行ってて、色々お尋ねしてきて貰う用件等も、持って行かれたんです。幸い丁度所長が、出勤して見えておる所であったから、まあ色々ご挨拶をさせて頂いて、合楽の意向をお伝えしたところが、もうそれこそにこっともされん。
 もうこちらから、色々お尋ねせんならんと思ったけれども、やっとその願書頂きに来ました、と言う事だけで、その願書だけを貰ってまあ言うならばホウホウの体で帰って来た。丁度昨日が、一切が神愛だと頂いておる、すぐその後でしたから、本当それを神愛として頂く事が出来るという事が、帯をしっかり締めなおす事です。成程それこそ合楽は非道だと、よその信者を取る、信者泥棒だと。そして私がケチケチするもんですから、もうとにかく、大変なお供えでん何でん有るそうなけれども、もうそれを人にでん遣ろう譲ろうともせない。
 いろんな献納なんかの場合はもう決まりきった所だけはさせて頂くけれども余分な献納はぜんぜん合楽はしない。あれだけのあの逐一分かりますからね。合楽ではどれだけの水揚げが例えば有っておるかと言った様な事は、もうよく分かっておられるのに対して、私がケチケチしてから一つもお供えやらせんもんだからやっぱもう乞食の様な奴じゃという風に、まあ今日の御理解から言うとね言われておるに違いがない。信者でも余所の信者でも何でもどんどん取ってから、もう信者泥棒と言われておるに違いはない。
 そういう様な、やはりイメ-ジと言うか、合楽に対する所の悪評と言うかもうそれこそ悪名高い合楽だもんですから、所長先生あたりもそんな風に、こちらからまあいうならばお遣い物の一つも持って行っとるのだから、まあどうぞ親先生に宜しくとか、どうも有り難うございました、とか位は言うても貰うても良かりそうなもんだけれども、それすらも言われれなかった、と言う事を聞いて、いよいよ泥棒だ乞食だ、という風に言われておるのとも同じだと私は直感してね。
 もういよいよ私がより信心を極めて行く、より信心の帯を締め上げて行く以外はないなと、私は思うた。成る程私は本当にあのそれこそ汚いまでに細かいです。けれども本当に昨日私は丁度11時過ぎ何時も此処を見て回ります時に、西岡先生の所だけが明かりが明々ついて誰か信者さんが見えておるらしいんです。そして一生懸命西岡先生が話して居られるのを通りすがりにフット私が耳に入ったのが、丁度私が修行時代の話をその信者さんにしておられる模様でした。
 私が全部は聞きません、只はぁあの話をよう覚えてからしよんなさるなと思うて通っただけですから、立ち止まって聞くわけでもないですから、けれどもこんな話をして居られます。私が福岡から、親教会に通って大祭でも、何でも通って来て御用に行く時分に、もういよいよ修行が激しくなって、祭典費のお供えはさせて頂いたけれども、今度はお供えが無いなと思わせて頂いた。
 その時に私は丁度家内子供は椛目の方に置いとりましたから、もうこちらで遅配欠配の中に食物を頂いとるから福岡の方で配給が有って居るに違いないから、少しでも良いから持って帰ってくれと言うて家内がヤキヤキ言うとりましたから、まあ少し約一俵余りのメリケン粉を配給を貰って椛目に帰る途中でありました。そしてその丁度西鉄の待合の所でズウッとこう列んでおりましたが、こうやって大祭の御用に自分は帰らせて頂いておるが、祭典費のお供えはしたけれども。
 今度の大祭には何にもお供えが出来んなあと思うたら、神様が足元に置いとるメリケン粉を指してね、そこにあるじゃあないかと言わんばかりに言うて下さる。その時にああほんなこつとこう思うたです、こりゃあ家内子供の為に持って行きよるとじゃけども家内子供は、なら神様貴方にお任せします。やっぱりどうでもお供えはしたいから、これをこの度の大祭のお供えにさして頂ますからと腹を決めたら、御心眼に私の目の前がずうっと広い広い湖になりましてね、いえそうでは有りませんでした。
 私の御心眼にめんどりが、小さいヒヨコを何羽かとおって、その小さいヒヨコがばたばたと餌がつれした様にして、倒れて行く所を頂きました。それにめんどりがもうそれこそ思案投げ首と言った風で、じっと座って、その子供達が倒れておる様な状態を頂きました。と言うのは神様が、お前はこれは家内子供の為に持って帰っておる。これをお前お供えしたならば、家内子供は餌がつれせんならんぞと、こういう事になっても良いかと言われた様な気がしたんです。
 ですから私は神様何時も御教えに頂いとります様に、生かされて生きておると言う事実をね、これに依って分からせ頂きたい、私は大祭に只今お気付を頂いて、ああこれは大祭のお供えだと心に決めましたから、だから家内子供の事はどうぞ神様お願いしますと、私がお願いをさして頂きましたら、途端に私の目の前が広い広い湖になってね、もう小さい水鳥が餌を求めて行きよるけども餌が無いから三々五々バラバラとこう散って行く、その後からその十層倍もあろうごたる大きな親鳥が口に餌をくわえてね。
 子供たちの後を一目散に追っておる様子を頂いたんです。そのそこん所を丁度先生が話よるのを聞きましてね、まあようあげな話ば覚えとるね、と思うて私はそこを通りすがりにその事を聞いて帰りましたが、まあ今日の御理解から言うとです、私は決して欲が深いから穢うしよるとじゃない。もう此処はと言う時にはもうそれこそもうなら本当に神様が言うて下さるならば、もう例えばここに私の名前で有るとするならばもし財産がどれだけ有ってもね、もうそれこそ、その儘お供えさして頂いて良いという腹を持っておりますけれども、さあ人にはそれが分からない。ケチケチしとると。
 とても合楽の先生はケチンボウでお供えでん何でんちよこっとしかせんでからと、それこそ乞食の様に言われておるに違いがない。又は言わば信者泥棒という風に、こりゃあもう私の耳に入る様にそういう事は聞こえて来ますけれども、問題は人が助かりさえすればと、言うのですから、私はそれが他所の教会の信者でも助けを求めてやって来るならば、やはりお取り次さして貰わなければおられん。
 この頃から小竹教会の御信者さん方が胃癌とか目が見えないとかでいろいろで皆おかげ頂いていきよりましょうが、と言うようにです。救いを求め助けを求めて来るんですから、もし私のお取次ぎで、それが助かるならば、あんたはもう私はお取次ぎはしません、あんたははよう小竹の信者さんじゃからこうじゃないといけないよと言うたらさぞ良かろうけれどもそういう訳には参りません。人から例え泥棒と言われても人が助かる事の為にはまあ、精進させて貰わなければおれないと言うのが私の信心なんです。
 私は今朝からお夢の中に、合楽理念の思想、という共産思想とかね、民主主義の思想とかと、こう申しましょう、その思想とかいう意味の事を、昨日も一切神愛と言うことについて、もうそれこそあらゆる角度から、皆さんに聞いて頂いたんですが、あの結論を出すと神愛、一切神愛と頂く頂き方はね、無情の風でも向こうにふきやる。いわゆる悪い運命があっておっても、それは良い運命に吹き替える程しの威力が有るんだという事です、神愛と言うことは。
 その事を昨日話の中に一寸漏れとりましたからね。そういう風に昨日はその一切神愛と言うことをあらゆる角度から頂いて昨日の御理解になったんですけれども、今日はね合楽理念の一つの思想と言った様なものをね、私は言葉が色々知りませんから表現が出来ませんけれども、例えて申しますと。天照大神というかね、それは天皇陛下の御先祖だという風に教えられてある。それこそ万世一系の天皇が只今の今上陛下で有るという風に教えられて、これは終戦前の所謂軍国主義というかお国の思想というものがね。
 いうならば全国民に忠君愛国を言わば誓わせる、又はそういう教育をしてきた。それこそ今から考えてみると馬鹿の様な話ですけれども、なら男21歳になると兵隊検査が有る、合格した者だけは二年間なら二年間というものはほんのただ働き、それでもそれは国民として名誉な事だとして、それを皆も祝福し自分も又それを名誉として、軍隊生活をさせて頂き、余儀なくさせられると言うんじゃなくてね。
 もう当然の事としてそれを成してきた。してみるとこの思想とか教育という事は素晴らしい事だという事です、それを思い込ませると言うのですから。一旦緩急有る場合にはもうそれこそ、この命を天皇陛下に捧げるという思想なんです。しかもそれは大変な名誉な事だとして教えて来た。だから私は教育の恐ろしさというか素晴らしさとかいうことは、もしそれに反するならば非国民であり、それを当然の事として受けて行ったのが、言うなら終戦前までの日本人の思想だったんです。
 天皇陛下は現人神として、言うならば忠君愛国をお互いが誓うて参りました。ですからそういうものがそういう一つの教育というものがね、もう徹底して育てられる時に、ならそういうそれこそ家も命も言うならば天皇陛下に捧げての言うなら生活を私共はさせられて来たわけです。又して来たわけであります。又それを不思議とも思わなかった訳です。という様にね、私は天地の親神様というお方がです、どういうお方かとね。総氏子と言うて下さる人間であるものはもう世界中の人間を神様は氏子と呼んで下さる。
 けれどもそれを知らない者が殆ど。まあお道の信心に縁を頂いてそれが分かる。だからそれが分かった者は、私は言うならば、神様の愛し子の中の愛し子であり、選民というならば選民だと思います。皆が神様の愛し子なんですけれども、愛し子であるという事を知らない人達が有ります。それをこのお道の信心に依って、私共が神の氏子としての、自覚ができる。
 言うならばそれは、神様から言われた選りすぐられた人間だと言う事になります。その中でもお道の教師を志すという様な人達は選民の中の又選民だと言う事になります。だから私共はです、そういう言わば選ばれた私達としての自覚と一つのその名誉にかけて信心の言うならば、合楽理念のマスタ-をひとつ本気でなさなければならないと言う事です。そしてその合楽理念の思想というとです。
 言うならば合楽の世界、神も助かり氏子も立ち行くという世界、言うならば、私共が神様へ捧げきる、忠君愛国を誓った様に、私共は天地の親神様にです、神恩報謝の真を捧げると言う、いうなれば誓いを持たせて頂けれる信心。一切が神愛と分かる時にです、一切を、合掌して受けていく生き方を、いよいよ身に付けさせて貰うて、その神愛に応えまつる。言うならば誓いが、神様の前に出来れる様な風に、教育し指導して行かなければいけないと言う事です。
 ましてやお道の信者が選民なら、その中から又神様の手にもなり足にもならせて頂こうというお道の教師などを志す人は選民の中のまた選民であるという事。言うならば丁度兵隊に取られてからです、一心を天皇陛下に捧げて、と言うのと同じなんです。その事はしかも名誉な事なんだと、戦死でもしたらもうその家は誉れの家として国が扱う様にです、私共の家一軒の中からそういう人が、選民の中のまた選民という様な。
 神様の手にも足にも成らせて頂こう、と言う様なのが、家の中から一人位は出さなければ相済まんという位な、言うならば信心を思想をね、信者全部に私教えていかなければいけないと思うのです。例えばここに高芝家なら、高芝家一軒からまだお道の教師が一人も出ていないというなら、本当に恥ずかしか位な、私そういう教え方をしていかなきゃいけないと思います。
 寸足らずで言うならば兵役免除になったとか、体が弱くてそれは悲しい事である、本当に立派な甲種合格のおかげを頂くという事が当時の日本人の名誉であった様に、お道の信心をさせて頂く者がです天地の大恩に報い奉ることをしかも誓わせるという様な私は指導がいると思うです。
  そして一旦緩急のある場合にはそれこそ命をも捧げる、これがお道の教師のそれですね。生涯を言うならば道の為に捧げますという誓約を入れなきゃあ成りません。ですからもうこれは選民の中の選民なんです。それを誓わせれる様な教育が金光教の信者全部に、同時にそこに金光教の信者であるという事に限りない喜びと一つの名誉といった様なものが感じれる様な指導をしなければいけない。
 まあ合楽理念の概念とでも申しましょうかね思想のそういう様なものを私は教育して行くという事、教育という事はそりゃあもう大変なことなんだ。教え育てていくという事はね。戦前の日本国民がです、例えば当時は二年間でしたけれども、戦争となりましたら七年も八年もぶっ続け、私共の弟あたりはまる七年間も所謂御奉公しておるわけです。言うならば滅私奉教の精神であります。いや滅私奉国です。
 そこでなら、お道の信者信奉者の者がです、なら滅私奉教の思想をです信心をです、合楽理念なら合楽理念を以て、説き明かすときにです、本当に滅私奉教の心というものが、いよいよ募ってくる、そう成らなければ、金光教は私は発展は無いと思うです。しかも金光教の信心はです、どこまでも愈々それだけに、値する値打ちのある宗教だという事です。まあ一つの例を取っていうならばです、人間らしい生き方、例えば人間の持つ色々な欲が有ります。
 食欲性欲、名誉欲そういう様なものをです、コントロ-ル出来れる内容を教祖の教えの中には持っております。欲を捨てなければならんと言った様な事じゃ無いです。名誉欲でも色欲でもまたは食欲でも、只人の物でも取ってというこれは我欲です。名誉でもそうです、自分が段々地位が実力が出来て上がって名誉が輝くという事はこれは素晴らしいことでしょう。けれどもあれを殺してでも叩き落としてでも自分が名誉な職位に就こうという様な、それを教祖は、我欲と教えておられます。
 それがね、そういう欲が見事にコントロ-ル出けるです。教祖のみ教えは、とくに合楽理念をマスタ-させて頂いたらその辺が見事に頂けていけれる。そして人間らしい生き方をさせて頂きながら生神へ向かっての信心ができるんです。だからそういう素晴らしいい信心がです、私は徹底して行くために教育がいると言う事です。今日皆さんに聞いて頂いた様に、天照皇大神から現今上陛下まで万世一系の天皇に私共が忠君愛国を言わば尽くしてきた、いや尽くさなければならないもんだと、もう子供の時から思いこんだ教育というものは素晴らしいです。
 私北京時代に近所に、大学の先生の息子さんが居りました。とても腕白者で。まだ十一、二歳の子供でした。それがもう高い木に登っとるのです。それでお母さんが危ないから降りなさいと言うて、言うけども降りない。やかましゅう言うて言ったら、その息子がどう言うかというと、僕たちはもう十五迄の命だよち上から。とてもほんにいまの子供達は、大人の想像も付かないことを、もうそうだと思いこんどりますよ、という話を聞いた事があります。
 もう僕たちは少年飛行隊で、もうだから十五迄の命だよと僕達は。こげな危険だとかそげなことは無いね。教育なんです。たった十五の少年がです、そういう事をもう命はもう天皇陛下に捧げるもんだと、もう十五に成ったら、飛行機に乗らんならんもんだと確信する位な、教育というものは力があるんです。ですからもうそれこそもう、ハイハイの自分から段々成長するに従っての、子供の上に教育をです。
 きょう私が申しますならば、合楽理念なんか親そのものが、一つよく分からせて貰うて、体験させて貰うて、その子供達にでも、生神金光大神のお取次ぎに依って、天地金の神様の、おかげの受けられる事実と、そのおかげを受けるだけではなくて、その神様に如何に応えなければならないが、という私は思想をね、植え込んでおかなければいけない。今教会で、教会の後を継ぐという子供たちが大変いない、これは今の教団の悩みです。そういう教育がしてないからです。
 僕は合楽の教会の息子に生まれたんだから、もう大きくなったら、必ず金光様の先生にならにゃならん、私の栄四郎がまだ、小学校ん時作文にですね、僕は金光様の親先生になるち書いとった。もうそんなに思い込んでいるわけです。そういう風に教え込まれているんですから、金光教の信者子弟の中にです、そういう私は思想というものを、教育していかにゃいけんです。
 でなかったら私は今日の御理解を頂いて、ははぁなるほどそうした徹底した教育がいるんだなと、これは合楽の理念のもう概念的な話なんです。そういう例えば大きな願いを私が言うなら持たせて貰い、又皆さんもそういう願いに向かって進ませて頂くのですから、その途中に於いてです、例え乞食だと言われても泥棒だと言われても、それで一々俺がどこが乞食したかと、俺が何時泥棒したかと言うて怒っておる様な事では、そういう大きな大事業に向かって、又その大理想に向かってですね。
 合楽理念を愈々教団の中に広げて行き、しかも教団の中で例えばそういう徹底した教育を受けた人達が、愈々信心の無い神様が皆可愛い氏子だと仰せられるその氏子達にその自覚を作らせれる働きをさせて頂かなきゃならんのが、言うならば日本国民の務めが忠君愛国で例えばあったならばです、お道の信者信奉者が皆その気になる程しのおかげを頂くならばです、それこそ金光教が愈々世界に広がって行くおかげが受けられる。
 まずはだから合楽教会から、皆さんの言うならば思い方、思想がです家庭の中にしみ込んで、もうハイハイの子供の時分からそういう教育をして行かなければいけない。教育というものは恐ろしい。十の子供がです当時の言うなら戦時のたけなわになった頃ですから、もう十五になったら僕あたりは少年航空兵の志願をする、志願をしたら僕達はもう十五迄の命だと思い込ませられる位な教育の力というものはそんなに偉大です。
 なら金光様の信心のそういう、教育という事が愈々人が助かり、自分も助かり神様まで助かって下さるという程しの、大変な事なのですから。とても消極的なですね信心では、とてもそういうおかげには、繋がって行かないと思います。そういう意味で例えて言うならばなら、乞食じゃと言われても泥棒じゃと言われても、そういう何か言われるたんびんに、合楽の評判が悪い合楽は、本当の信心じゃないと言われても、こちらは本当の信心でないかどうかはおかげを実証して行くのじゃ、大祓信行が言われる様になったら言われた途端からご比礼が変わってきた。
 表行より心行と言うて表行を全廃して心行になったら又新たな御比礼が輝いてきた。合楽示現活動に参画する様になったら信者は増えていった。最近なら合楽理念の確立と言った様な事がです、なそうと思えば子供でもなせる程しの事を今までおろそかにして来ておった事に気付かせて頂いてから、いよいよ合楽の御広前に日々が奇跡のおかげの連続と言うことになって来た。そういうおかげの実証を見ながら聞きながら信心を進めて行くからこれは間違いない。
 引いたなら足してみる足したら引いて見るという様な間違いの無い道をまっしぐらに進んで行かねばならんのが、今日は聞いて頂いた様なね信心教育というような徹底するような私は教育を受けてそれを周囲に施していく、又家族らもそれを広げていくというおかげを頂かして貰わんならんと思うのです。今日私が頂いとるのはまだ色々頂いておるですけど私がもう言葉を知りません。昨日の天地一切が神愛と言う事もどんなに表現して良いか分からん様な内容の沢山のものでしたけれども
 今日のなんかでもやはりぎこちないものです。けれどもその中から皆さん真実を掬い取ってですね、いうなら信心教育というものがどの様に素晴らしい事か、とても人から泥棒乞食と言われて顔を真っ赤にする様な事ではそういう事は出来ない。それこそたんびんに信心の帯を締め直し締め直しして、本当のいうなら合楽示現活動に参画させて貰わねばならんと言う事でございます。
   どうぞ。